先日、体調不良のため病院へ。
(大したことはなかったのですが)
とても大きい病院だったので、
長い長い待ち時間でした。

そこで、その間ずっと外科や内科などの
あらゆる受付に飾ってある
「額に入れられた絵」を観ていました。

なんだろう、この「とりあえず感」。

芸術って、癒し効果があるんでしょ、
だから各受付に飾っておこう。
みたいな。

額も絵に合ってないし。
そして、それらには何の一貫性もない。
絵のタイプばらばら。
一貫性が無いのは、一人の作家の絵に統一したら
癒着みたいになることを避けるためか?
ここにある絵、全部高いんだろうなあ、
結構そういうので儲けてる画家って
いるんだろうなあ、とさえ思った。
そんなの私から観たら癒しどころか逆効果。
こんなのだったら飾らない方が良い。
と思いました。

私が病院で観たのは、ある意味
世の中の(特に日本)芸術に対する考え方、
印象、理解、扱われ方というものを、
可視化したもののような気がします。

私は、大学でキュレーターになるための勉強をし、
卒業と同時にキュレーターの資格を取りました。
芸術と人々の橋渡し的な存在になれ、
そう教えられました。
それはどういうことか私なりに一生懸命考えました。
全く違う職業に就いた今でもよく考えます。

今回思ったのは、
キュレーターは、美術館という限られた空間で、
ある「思い」によってひとつの展覧会を作って観せる。
それはとても大事で意味があることと思うけれど、
それだけでなく、外に出て病院や
あらゆる公共の場も監修する
キュレーターが必要なのではないか。

でないと、いつまでたっても
「芸術は敷居が高い」「理解ができない」
「理解はできないけど知っておくべき」
「芸術家、芸術好き=変わったひと」
などと片付けられて平行線だ。
そんなの宝の持ち腐れだ。
芸術は、我々に癒しを与えてくれもしますが、
時に心臓をえぐられるような感覚をも与えます。
人の言動そのものだからです。
だからこそ、それは人生や哲学を豊かにしてくれる。

とまあ、病院でのあるできごとから
偉そうなことを言いましたが、
何もできない力のない自分。
もどかしい自分がいます。

芸術の扱われ方」への30件のフィードバック

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